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2009年1月

【京都の花街】礼儀正しい美しさが醸し出す文化

秋に京都の花街に連れていってもらいました。

宮川町の舞妓さん、芸妓さん。

彼女たちの、日本美としての「礼儀正しい美しさ」にとてもとても感銘して心と身体に残った体験どしたぇ。

ともかく挨拶の美しさと華やかさ。これは本当に習慣にしたいです。ニコニコしているのとは違う佇まいがホントによくて。

 

そして、自分のポジションを気にしないまあるい優しい感じ(男性社会なので、どうしてもむかつくことがあるだろうに)は、相手をいい気分にさせてくれる。私には、「お姐さんはどちらから着はったんどす?」みたいに、親しさとともに敬ってもらっているという感じです。両方というのは意外と難しいものです。

色合わせの妙、いきとどいた気遣い、所作の美しさ。目が釘付けになりました。こういうのがはんなりというのかもしれませんね。東京のスタイリッシュなサービスも、熱海の老舗旅館の所作もそれぞれに美しいけど、私は京都の無邪気さも加わったほうが、ほっこりしますなぁ。

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【京都阿じろ】禅寺と精進料理の関係

12月下旬、妙心寺のある院で、夜に住職のお話しを伺いつつお庭を拝見し、精進料理をいただく会に参加する機会を得ました。お料理は妙心寺御用達の阿じろという仕出し屋さんです。
「精進料理の眼目は、旬の野菜を使うこと、材料を生かしきること、念をいれることの三点です」
と言われるように、本当に滋味で美味しかったです。肉や魚がなくても、こんなに美味しくできるものかぁと感服いたしました。「念」という観点が他と違うところなのでしょう。

http://www.ajiro-s.co.jp/

そこにお集りになったのは京都と東京から、知られている方もいれば、職人さんもいる、でも皆さん一癖も二癖もあるような素敵な主張のあるのが魅力でした。あのような席に伺うと、自分が小さいなぁといつも感じます。まあ、それはさておき。

精進料理というのは、禅の修行僧には健康のためにも、「行」の感度を高めるためにも、重要なものなのだと食べるとわかります。そんな僧侶のために、静々と熱く料理をつくるのは、日本人として美しい作業です。旅館やホテル、レストラン料亭、居酒屋での天才的なあるいは親睦のためのお料理を味わうのもよいですが、精神性の高い精進料理も自分の感性が鈍ってきているような時に、修行僧と同じようにいただくのもよいのかもしれません。食は身体の中はもちろん、脳を磨くためにも大切なもの。身体の半分は砂糖でできていると、威張っている場合ではないのです。食はTPO。どこに何を着て行くかということではなくて、自分のために何を食べるかということですよね。

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